襟付きのゴルフシャツはワイシャツでラウンドしてた名残り

ゴルフ場では襟付きのシャツの着用は必須です。

この襟付きシャツが服装のマナーとなったのには、ワイシャツとズボンの着こなしに関係があると言われています。

そこでラウンドで襟付きシャツを着なければならない理由を紹介します。

ラウンドで着る襟付きのゴルフシャツはワイシャツが起源

ゴルフ場では襟付きの服装が必須です。

ゴルフは野球のようなユニフォーム着用の競技とは違って、個々のゴルファーが自由に選択できるのが特徴と言えます。

ただゴルフに適した服装であることや、服装のマナーに抵触していないことが条件になります。

ラウンドするときは襟付きのシャツを着用することが、ゴルファーとしてのマナーとなっていますが、誰がそう決めたのかは良く分かっていません。

もちろんルールブックで「襟付きのシャツを着るように」と推奨しているわけでもありませんし、襟付きシャツが紳士の象徴と言うわけでもありません。

近代ゴルフが盛んになった1600年代の貴族が、仮に襟付きの服装をするとしても、エリマキトカゲのようなヒダを首周りにあしらっていた程度です。

つまり襟付きシャツがゴルフのマナーとなったのは、時代が進んでからだったと思われます。

1700年代になるとジャケットを着てゴルフをしていたようで、このときにはネクタイをするためにワイシャツがゴルフシャツとして併用されていました。

実際には、日常的にワイシャツを着ていたので、敢えて「ゴルフのため」に用意していたものではなかったようです。

ワイシャツでのラウンドがゴルフの服装マナーだった時代

往時のゴルファーはワイシャツにジャケットがラウンドのときの服装だったことから、今もゴルフ場にはその慣習が残っているという考えがあるようです。

しかし日本にゴルフ場が誕生したのは1901年のことで、そこに倶楽部が発足したのは2年後の1903年です。

英国出身のグルーム氏が導入したのですが、このころの服装はやはりワイシャツにネクタイでした。

1926年に第1回日本プロゴルフ選手権大会で残されている1番ホールでの集合写真は、ハンチングを頭に乗せて、ワイシャツとネクタイにニッカポッカで、7月の気候からジャケットを着ていなかったことが伺えます。

日本ではその後もトラディショナルなワイシャツの服装が浸透していきますが、世界のウェアのスタイルは米国にゴルフが渡った1888年から変わってきています。

気温が低い英国ではジャケットを着用してラウンドしても平気でしたが、米国では不便な服装となっていきます。

ここが日本人との違うところで、ジャケットを脱いでワイシャツ姿でプレーをするのではなく、ポロシャツをドレスコードにしたわけです。

ゴルフ場のラウンドがワイシャツからポロシャツに変わった

米国にゴルフが渡ってもしばらくは、ワイシャツにネクタイそしてジャケットを着用していましたが、暑くて堪らないということでジャケットを脱いでラウンドするようになり、さらにネクタイを外し、やがてズボンを半分に切ってショートパンツに変えてしまいます。

もはや紳士のかけらも残っていないそのような服装に対して、1927年全米ゴルフ協会はシャツの襟だけは切らずにつけておくことを規定として設けます。

そして、このとき「これはゴルフに対する敬意であり、対戦相手に対する礼儀である」とつけ加えたのです。

同時にポロシャツが導入され、正式にドレスコードとして認められることになります。

そして、このポロシャツのファッションは、逆輸入されて英国へと渡ることになります。

それまでの紳士のたしなみが優先されていた本場の英国で、米国選手が活躍するようになります。

窮屈なワイシャツとネクタイにジャケット姿ではなく、軽装のポロシャツがその勝因となったようです。

結果を見たゴルファーの所属倶楽部は、当然のようにポロシャツを認めていくようになります。

ラウンド中の服装がワイシャツから移行できない日本ゴルフ界

ポロシャツにニッカポッカの軽装は、大ブームとなってゴルフ界を席巻します。

頭が固くてプライドの高い英国人でさえポロシャツを導入したのですから、英国の流れを汲む日本でもポロシャツは浸透していかないわけがありません。

ところが日本は他国と戦争を繰り返していたこともあり、外国文化を吸収するだけの許容がなくなっていたのかもしれません。

特に戦中のゴルフは敵性競技として、クラブを持つことさえ叶わなかった時代でしたから、ポロシャツなんて着れるはずもありません。

戦後7年が経過した1952年に阿蘇CCが開場しますが、このときに撮られた写真では、ワイシャツにネクタイそしてニッカポッカの服装だったようです。

もう日本だけが初期の伝統を受け継いでいる状態で、他の国では動きやすいポロシャツが正式な服装とされていたのです。

1954年に大洗CCが開場して間もなくの写真では、ポロシャツ姿でティーショットを打っています。

このころになると日本でも、徐々にポロシャツがゴルフウェアと認識されるようになっていくことになり、ワイシャツとネクタイでラウンドする人は少なくなっていきます。

ゴルフ競技をワイシャツ姿でラウンド観戦していた観客の喜び

ワイシャツにネクタイという服装からポロシャツに移行したことで、喜んだのはラウンドするプレーヤーだけではありません。

プロトーナメントを観戦するためには、紳士淑女の服装が必須だった時代なので、観客も同じようにワイシャツにネクタイを締めてジャケットを着用していたのです。

天気の良い日ばかりとは限りませんから、ジャケット姿ではさぞかし大変だったことでしょう。

ポロシャツ解禁とともに、雨天ではカッパ(レインウェア)、風の強い日にはウィンドブレーカーを着用して観戦することができるようになり、徐々にゴルフ界の服装規定も変化してきています。

機能性からポロシャツ導入を決めて経緯を振り返ると、日常的に着られているTシャツの解禁も待たれるところですが、1927年に全米協会が規約とした襟付きのシャツの遵守が解けることはなさそうです。

世界的にはTシャツを容認しているゴルフ場はたくさんありますが、ある意味融通の利かない日本人にとっては、伝統こそが良いものとして継承しようとするため、日本発の変革はなさそうな気がします。

いまこそゴルフ場のラウンドでワイシャツの襟をカットしよう

ズボンをカットしてまで機能性を追及した往時のラウンドファッションですが、もしも全米ゴルフ協会が言及する前にワイシャツの襟をカットしていたら、ゴルフ場の服装マナーは違ったものになっていたかもしれません。

当時の米国は、機能性を重視し簡素化していくことに躊躇することはなかったはずです。

リンドバーグが大西洋単独横断飛行を達成し、ベーブ・ルースが打ちまくり、一方でアル・カポネが裏の米国を仕切っている変化の時代です。

世界大恐慌によって経済が混迷している中、「襟を切らないで」と発表したのは、時代の流れを止めたかったのではなく、ジョークだったのではないでしょうか。

第1次世界大戦で英仏が敗戦国となったことから、金本位制度は崩壊します。

ドルを世界通貨にする過程で米国がアメリカンファーストを打ち出し、モンロー主義に突き進んだ結果、恐慌が起きたと言われています。

混迷することを分かって突き進む世の中に向けて、ゴルフ協会が発した「襟付きの服装がマナー」が時代への警鐘だったとも感じられます。

米国からは再度モンロー主義的なトランプカードが出されていますので、もしかすると「襟を切って」と近々発表される日が来るかもしれませんね。

たまにはラウンドでワイシャツ姿のゴルフを楽しんでみては?

ゴルフをスポーツという観点から見ると、ワイシャツよりはポロシャツのほうが動きやすいことは確かです。

一方で古き良き時代へのノスタルジーからか、ワイシャツにネクタイ、ニッカポッカのお洒落な服装を楽しんでいるゴルファーもいるようです。

ゴルフの服装は自由であるべきなので、昔のゴルファーのようにハサミを持ってラウンドするのも一考かもしれません。